いつの時代にも売掛金を回収することは難しい。このことは、勿論、一般的に豊かであるアメリカについても同じである。お金があって支払を延ばしているのではなく、ほとんどのケースが払うべき資金を持っていないのである。そんな客先にどのように対処するのか?機械の長期延払い制度を運用する中で、多数の滞留売掛債権を発生させ、その処理に東奔西走の日々を送ったアメリカでの経験を記述する。
回収の準備は、受注審査時から始まっていることは前回で述べた。通常5年に亙って支払が行なわれる長期延べ払い方式のみならず、現金取引と見なされる30日以内支払(Net 30)等においても、将来の支払の可能性を吟味し受注の可否を判断する受注審査をする必要がある。受注審査で問題がなく機械が出荷されると、売上処理を出荷基準で行なっていれば、出荷日に売上を計上する。しかし、据付基準なら、出荷から通常数日後に機械の据付(及び試運転)が客先指定の場所で完了して、始めて売上になる。
この売上処理の基準日に関しては、販売部門が発行する客先への見積書の記載内容を受注審査部門や経理部門などがチェックし、同じ会社からの書類に相反する記述がないように注意を払う必要がある。例えば、売上は出荷基準で行い、回収起算日は据付基準で行なうと約束すれば、客先に無用な混乱を招きかねない。長期延べ払い方式の場合は、通常据付完了から45日以内位の特定の日(例えば、毎月の初日)を入金締切日とする場合が多い。いずれにしろ、最初の請求書発行に際しては、現金取引や長期延払いにかかわらず、客先の支払担当者に「請求書」が届いたかどうか電話で確認し、近々支払が必要な旨を案内するなどのきめの細かい配慮を行なうとよい。あらゆるチャンスを資金回収に向けて活用するのである。
日本の機械業界では、契約、売上から回収に至るまで一貫して販売担当者すなわちセールスマンの責任としている企業がほとんどであろう。販売担当者が回収まで責任を持つことにより、守りに強い販売組織が生まれ、不況時にも堅実な売上を維持してきたと自負する企業は多い。しかし、アメリカでは企業間取引において一括回収ができる約束手形(Promissory Note)の制度が存在しないことにより、日本で行なわれている方式と同じセールスマンの回収責任体制を、そのまま実行することは甚だ困難である。因みに、アメリカだけでなく、ヨーロッパにおいても、約束手形はほとんど使われず、為替手形が使われる。
日本のように、約束手形で支払がなされるならば、購入先企業は設備投資に対応する資金支出を予め資金繰りに繰り込んで優先的な支払処理をする。しかしながら、アメリカでは、設備購入に対する支払といえども、経費支払と同様に、払うべき資金があれば小切手か銀行振込により支払を行い、余裕がない場合は後回しとするのが普通である。加えて、客先企業の支払の判断は、販売担当者が相手にした購買担当者の手を離れて、経理部門の手に移っているのが普通である。これは、売掛金を売上後30日以内に回収をする現金取引でも一般的であり、ましてや長期延べ払いの支払であればなお更である。
このため、販売担当者は厳しいことを言うことに馴れておらず、売掛債権データへのアクセスが難しいので、販売担当者が客先企業の経理部門に支払予定を問い合わせるより、事務所に常駐している経理担当者が回収の督促を電話で行なうほうが遥かに効率が良い。それに、何よりも電話の相手も経理部門の担当者であるので、お互いに話しやすく結論が出やすい。
日本では、確かに回収の責任は販売担当者であり、海外でも同じやり方で業務を進めたいと希望する会社もあるが、支払拘束力のある約束手形の制度が一般的でない状況では、販売担当者が日常的に支払の督促をすることは難しい。販売してから後の回収の問題は、経理部門が販売担当者と連携して責任を持つとした方が確実である。経理部門の担当者が毎月の回収状況を確認して、滞留先の会社に電話または手紙で督促を行なうことにすべきである。
回収担当者が督促しても支払をしない客先に対しては、販売担当者を客先まで派遣する必要があるかもしれない。扱っている機械が高額であれば、出張費用の負担もできるであろう。この場合に、販売担当者は、回収担当者の厳しい意見を伝える役割を果たすことになるが、しかし客先との将来の商売拡大を考慮してソフトな口ぶりで話をすることになると思われる。
客先の財務状況が一時的なもので、将来好転する見込があることを担当者が伝えて来るならば、会社の滞留売掛金管理は上手く廻っていると言える。客先の将来を考えて回収を進めることにより、メーカーに対する客先のロイアルティが高まることは確かである。筆者の経験では、売掛金回収の督促のため廻った滞留売掛客先の中の何件もが、後に苦境を脱し最新鋭の機械を購入した。その際、仕様打合せなどで来日したケースでは、どの客先もまるで古くからの友人であるように筆者に接してくれたことは大変嬉しいことであった。
アメリカでは、資金回収業務を円滑に遂行していくために優秀な弁護士を確保する必要がある。滞留客先の中には電話や手紙での督促に加え、訪問し直接的に交渉しても進展を見せない場合も少なくないが、この様な場合は弁護士からの手紙や電話が効果的である。また、時として突然、裁判所から債権者宛に送られてくる破産処理関連の書類はやはり、弁護士にその処理を依頼せざるを得ないであろう。アメリカでは、倒産に対する罪悪感があまりなく、多額の債務に苦しむ企業が倒産手続きに逃げ込む場合が多いのである。
因みに、アメリカでは、破産には連邦破産法(Bankruptcy Reform Act of 1978)が適用され、第7章(Chapter 7)で清算型破産手続(Liquidation)、第11章(Chapter 11)で再建型破産手続(Reorganization)、そして第13章(chapter 13)で定収入ある者の債務弁済の調整(Adjustment of Debt of an Individual with Regular Income)が規定されている。
数多くの破産手続に遭遇した経験で言えば、近年高まりを示す弱者救済意識のためか、アメリカの破産手続は債務者に有利な判決が多く、金利以上の支払を行なう限りにおいて、会社存続の生産手段たる生産設備は債務者に留め置かれることになる印象がある。こんなときには、破産手続をこちら側の立場にたって事務的に処理してくれる弁護士が大いに頼りになる。
ところで、様々の局面で優秀な弁護士を活用することはかなりのメリットとなることが多いが、弁護士に依頼して対処しようとすれば、相手方も弁護士を立てて交渉してくるのが普通である。また、あまり弁護士に頼りすぎると客先との信頼関係を損なう恐れもあり、何より経費倒れになってしまうこともあるので、弁護士に依頼すべきか否かの判断は慎重にすることを薦めたい。
アメリカの現地法人に駐在中に、低迷する受注状況を改善すべく、景気後退期に販売促進キャンペーンの一環として、販売条件の緩和策を打ち出したことがあった。販売担当者に回収責任を負わせる意味もあり、受注権限と回収督促も販売担当者に任せた。このため、頭金無し、6ヵ月後からの支払開始、5年払いなどの支払条件で販売担当者が自己判断にて出荷(売上)し、その後の支払の督促も同じ販売担当者が行なったのである。
当初の成功は束の間の出来事であり、程なく滞留売掛債権の山を築き上げてしまった。資金繰りにも窮する実情を打開せんと、管理部門より回収促進の電話や手紙を送り督促を行なったが、客先によっては契約時の販売担当者との約束やサービスの問題を指摘する客先もあり、解決には程遠い状態であった。このため、管理部門の責任者であった筆者は、全米に点在する滞留売掛債権客先約200社を約6ヶ月に亙り個別に訪問し、支払の督促を行なった。
滞留売掛債権客先を最初に訪問したとき記録したデータと、同じ客先の2年程後の支払状況等を比較すると極めて興味深い。苦境にあった客先のオーナーは、長時間の話し合いの中で、解決策を模索してか自分の生い立ちから経営者としての人生観や経営方針等を語ってくれたので、そんな話の内容を記録し、その後2年程の間の変化を見てみたのである。
その結果、約3分の1の訪問先が破産法を申請したか、機械を返品したかの何れであるが、残り3分の2である約140社の客先が正常債権に変わっており、支払の遅れはなくなっていた。経営者の職歴を見ると、破綻客先の多くが管理部門か販売部門、または異業種からの参入者が目立っていたのに対して、現場業務に精通して職人として技術を持って経営している人の多くは支払面から見ると苦境を脱しつつあった。
アメリカでは、日本や欧州などのように親の後を継いだ二代目はほとんどなく、中小規模の経営者は自分で創業した人が大半である。このため、経営者自身が自分の会社の問題点を良く知っているのである。しかしながら、近々どこからか受注が来て経営が急回復するかも知れないという不確かな願望を期待に換えて、人員の削減、設備の廃棄、売却、返却などの痛みを伴う経営刷新策の実施を先延ばしている経営者も少なくない。
筆者は、様々の滞留売掛債権客先を、会社の命綱である生産設備の債権者として支払取立てのために訪問して、経営者に対して、会社の現在と将来に真剣に向き合い、間違いのない結論を出すことを要請した。この様な場合に、経営者は、もし競合に負けない技術があれば、自己の得意な技術に特化することで、生き残りを図るはずである。そして、その様な新たな決断をした経営者は、債権者であるメーカーが、決断された路線をサポートする態度を明確に示し、訪問時に経営者と信頼関係が構築できれば、それ以降の支払スケジュールを守ってくれるのである。特に職人出身者の経営者は、この業界一筋でしか将来も生きていけないとの思いで、歯を食いしばって支払を続けてくれたのではないかと思う。
このためにも、支払督促の話し合いは、こちら側に問題があるために支払が遅れているのかどうか穏やかに問い掛けることから始めると良い。支払遅れの原因はほとんどの場合相手側にあろうけれども、相手の困難な現状をよく理解する立場を堅持し、相手側の話が全て終わった後で、こちら側の立場を冷静に説明すべきである。そして、相手の立場を充分に理解した証として、若干の譲歩によりオブリゲーションを感じて貰い、支払スケジュールを取り決めるとよい。後は、そのスケジュールを回収担当者がフォローアップする必要がある。これにモザイク国家・アメリカでの地域、宗教、人種、年齢などの特性による支払行動の違いに対応する回収手法を加えることにより、更なる改善を図ることができるであろう。
数多くの企業が倒産の危機にさらされている昨今の競争社会では、信用リスクを避けるため現金商売に徹すると言明している企業もある。機能や品質、はたまた価格面で他のメーカーを遥かに凌駕しているのであれば、それも可能あろうが、円高が定着し価格面で不利な状況では、海外で現金商売のみの取引に固執することは難しいのが現状である。何らかの延払いシステムを提供せざるを得ないであろう。
その様に何らかの延払いシステムを提供する場合、特に法制度が未整備な途上国でリスクを減らしながら延払いシステムを運用する場合は、頭金(down payment)の比率を高めることや、延払い期間を短縮することなどを考慮する必要がある。確実に利益を取りつつも、将来の信用リスクを低減する方法を考えるべきである。マーケットシェアを失う恐れはあるが、己の財務力を考慮して安全確実をポリシーとするのである。