本誌2003年1月号から8月号まで、合計6回にわたり「小規模機械メーカーのための海外市場開拓スケジュール」というテーマで、日本マーケットパートナーの代表取締役である青木叡介氏にご執筆をいただいた。筆者の米国駐在での販売、金融、資金回収などの業務経験をもとに、海外におけるビジネス上での実務的なアドバイス、とりわけ多くのトラブルが生じた時の対処法や事前管理は、とりわけ反響を呼んだ。そこで連載終了後改めて同氏にお会いし、いろいろとお話を伺った。
――今回私どもの雑誌で連載記事を書いていただきまして、本当にありがとうございました。本日は執筆に至る背景といいましょうか、当然社長ご自身の経験に基づいたもので書かれているわけですが、あのような内容にまとめていただいたポイントなどについて、改めてお話を伺いたいと思っております。
青木 こちらこそありがとうございました。読んでいただいた方に是非お役に立っていただければと思っております。私自身は大学卒業後、ある産業機械メーカーに就職をしまして、4年後にアメリカへ行きました。およそ16年半駐在していました。シアトルに2年、そしてロスアンゼルスに14年半おりました。その地いろいろな経験をしました。そのなかで大変印象深かったものとしては、機械を売るための手段、たとえば割賦販売とかリース販売、そういう業務に従事したのですが、それは今までに全く誰も経験したことがない世界でして、それこそ白紙からのスタートでした。それは私がおりました会社だけでなく、アメリカ駐在中の日本人でそのような仕事に就かれておられる方は、いなかったように思います。そのノウハウを皆さんにお伝えできればいいかなと現在思っているわけです。それと特に米国滞在の後半、日本に帰る直前には回収業務、具体的には資金の回収とか滞留売り掛け債権の回収などに深く関わりまして、全米のお客さんをまわりまして個々に交渉をしました。私の知っている限りではそのようなことを、他の方がやったというのは今までに聞きませんでしたので、そのあたりのノウハウも皆様にお伝えできればと思ったのが今回の執筆に至る経緯です。
――当然のことながら青木社長がおられた会社以外でも、多くの企業が米国に進出していて同様の問題を持たれていたと思いますが、今のお話ですと、他の企業ではそのような業務をやっていなかったということですか。
青木 それぞれ各社はそれなりに対応をされていたと思います。しかし自社で専任を置いているところは皆無であったではないでしょうか。いくつかの企業がいろいろと私の所に訪ねてきまして、相談をされていかれました。各企業とも実際に取組もうとしたのでしょうが、なかなか実行できなかったと思います。とりわけ取立て、債権回収に関しては、それを行うための制度自体を作ることは大したことではないのですが、運営することによる実行面ではかなり難しいのです。今でもそうでしょうが、一番難しいのはやはり取立てをいかに行うかですね。当時、日本のいろいろな大手都市銀行がアメリカの金融会社を買収している時期でして、ある日本の自動車メーカーも銀行が買い取った金融会社のファイナンスシステムを活用して、ビジネスを進めようとしていた時でもありました。ただその時に今のような情報を耳にした時、私の経験上の判断であまりうまくいかないだろうなと予測できました。その詳細が明らかになるに従って、販売促進の点でも、また債権回収についても、運用にあたって私が直接現場で手がけた部分をあまりにも勉強していなかったからです。
――青木社長はそういう専門の分野で産業機械メーカーに入社されたわけですか。
青木 違います。基本的には管理担当で入りました。管理といいますと販売会社の場合では、普通一番重要な仕事は資金繰りになります。在庫があり、売り掛けがあって、最終的には資金繰りになります。資金繰りがにっちもさっちもいかなくなると売り掛けにといいますか、回収に問題があるのではないかということになりまして、当然回収に乗り出すわけです。回収に手間取るということになりますと、もう少し手間を取らない方法はないだろうかとか、逆にその反対として販売を促進するような販売金融のやり方はないだろうかという考えが出てきます。売り掛けの回収にしろ販売金融にしても手間を取らないというのは、たとえば米国の大手電機や自動車メーカーは、すべて金融会社を持っているわけです。そういう部分の長所とか短所をいろいろみますと、結局はメーカーとしてどうあるべきかという問題に行き着きます。メーカーとして買いやすいシステムを消費者に提供するにはどうすべきか、かつそれが回収に結びつくにはどうしたらいいかということになるのです。それをつまり米国の企業は、いわば町の金融会社と提携していたのですが、あまり円滑にいかないので、日系の銀行と提携をしだしました。しかし銀行にしてもメインの仕事ではありませんから、当然片手間になりますし、ご存知のとおり今の日本の銀行が低迷しているとひとつの理由は、ある意味でノウハウがないということをいわれておりますが、その当時からノウハウがありませんでしたから、ではわれわれとシステムを一緒に作っていこうということで、ある銀行から人を出してもらいまして仕事を進めるにあたっての方向付けを始めたのです。
――社長がおられた米国の現地法人で他社に先駆けてそのような業務を進められたというのは、その背景として、日本の本社側のトップがそういう見識を持っておられたのでしょうか。
青木 基本的な部分としては日本国内においてもその会社は、お客様に機械を買いやすいシステム作りというのを積極的に手掛けていました。そのような事情が背景にあったのではないでしょうか。
――それは割賦だとかローンということでしょうか。
青木 はい。それをそういう制度をアメリカでも当然採用をしようと。しかもそういう制度を実施するにしても、自社でやるべきだという考えが大きかったように思います。他社は先ほどもお話しましたが、金融機関に任せているケースが多かったのです。それはひとつには人材の部分で、もうひとつには専門的な担当部署を置くほどの企業規模に達していない会社が、多かったのも一因ではないかと思います。要するに自社でも子会社でも専任に人をおいてやれるだけの規模がないために、他の専門の金融機関に任せておけばいいという考えが支配的だったのではないかと思います。あとは駐在しているスタッフが長期に滞在していますと、現地事情が良く分かるのですが、長くて5~6年という短期的なスパンでのなかでは現地事情がよく分からず、それによって面倒のないやり方を選択しますので、現地の専門会社に任せざるを得ないということになるわけです。
――仕事としておざなりになってしまうということですね。
青木 そうですね。それともうひとつ専任者を置いた理由は、私がおりました会社の機械はそのものがわりと汎用的で、中古市場が形成されている機械だったのですね。いうなれば産業機械や工作機械業界のなかでは、やや自動車業界のように中古市場が発達しているような機械だったのですね。特殊な機械ですとそれがむずかしいわけですが、中古市場があれば中古で売った時の損失が発生しにくい、予測できるということもあったと思います。
――今現在、社長はそうした米国での経験に基づくコンサルタント業務をなさっているわけですが、日本で同様のビジネスモデルというのはあるのでしょうか。
青木 全く同じビジネスモデルがあるとしても、それほど多くはないと思います。
――そういうコンサルタント業務が成り立つというような確信は持っておられますか。
青木 正直に申し上げれば、そのようなビジネスモデルが成り立つかどうかはわかりません。しかしこれも日系の自動車メーカーが以前、アメリカで低所得者層向けの自動車ローンを実施して大失敗をしたというようなところからすると需要はあると思います。ただそれが大企業向けだけなのかという部分もありますが、そういう必要性はあると確信しています。今まで銀行サイドからすると、日本の銀行はローエンド、アメリカではミドルマーケットという言い方をしますが、ミドルマーケットといいますと日本では企業的な意味での商工ローンのような感じですので、日本の銀行はあまり強くないのですね。ところがアメリカの場合、そういうマーケットはリース会社だとかファイナンス会社の領域になっているわけですから、そういう会社に関与したとしても、先ほどいいましたようにいくつかの銀行のように撤退せざるを得ないようになってしまいます。日本の場合、企業と銀行の結びつきが非常に弱い。それでアメリカに任せてしまうと大雑把になってしまう。そういう部分でキメの細かいところをやれるところが少ないので、自分としてはその役割があるのではないかと思っています。大変むずかしいことですが、それをやろうと思っています。
――回収業務が一番多いのですか。
青木 販売の拡大と債権の回収というのは反比例するわけですよね。その部分をどこに落ち着けるかというのが一番むずかしいわけです。
――売り上げが上がると売掛金が増える、売り上げがあがればだんだん回収が追いつかなくなると一般的にはよくいわれます。逆のいいかたをするとそれは売掛金の拡大の逃げ道というか理由のような気がするのですが。
青木 基本的には目が行き届かなくなるということが大きな問題だと思うのです。その案件の規模の大小に関わらず、きめ細かくやっていくことが必要だということです。
――そうすると特にアメリカ市場でのお仕事が長かったと思うので、特にアメリカというマーケットに限定してお聞きしたいのですが、日本企業がアメリカに進出するにあたっての注意点といいますか、アドバイスがあれば。
青木 自分が納得のいくまでとことん突き詰めることです。中途半端の理解で現地の人や外部の人に任せてはいけないと思います。完全に自分が細部まで理解した上で初めて任せるべきだと思います。それが得てして、新しい経営というのは人に権限を与えてやるべきだという風潮、本来の意味を取り違え錯覚した考えで行ってしまうので失敗してしまう例が多いのではないでしょうか。とりわけ言語的な部分だとか、文化の違いで恐れおののいてしまう部分が多いのではないかと思います。もちろん日本と米国の契約制度や習慣などの違いもありますが。
――機械分野ということでいいますとトラブルは多いほうなのでしょうか。
青木 それはありません。機械だけでなくすべての分野同じだと思いますね。
――トラブルの原因としては外部の人に任せ過ぎてしまう、それから言葉の問題、契約の習慣の違い、それ以外にはありますか。
青木 日本サイドの理解度の問題なども大きいですね。日本の本社では現地担当者から先がどうなっているかよく分からない。分からないからつい日本の言い方やり方でやろうとするわけです。それもうまくいかなくなるファクターになりえます。ひとつお話をしますと私が米国にいた時、これから進出したいという企業の方がみえまして、いろいろとご相談させていただきました。その時に一番大切なのは、とりわけ中小企業が進出する場合、海外での責任者というのは親族であるべきだと申し上げました。要するに時間的な差とか文化的な違いで、親族以外ですと疑い深くなってしまうのですね。やはり離れていると信用できなくなるのですね。日本というのは顔を付き合わせていることで、初めて信用が成り立つという部分がありますので。大手の企業でもそうです。必要なことは明文化する。文章ではなくても言葉でもどうあるべきかという信念というか、目的を明確にすることが大切です。それができるまでの期間は、親族というかそういう人が、遠く離れたところでのオペレーションはやるべきではないかと思います。あの人がいれば大丈夫だと思えれば、ある程度の違いや間違いは許せると思うのです。
――話を伺っていますとこのようなビジネスは、アメリカで根付いてもいいように思うのですが。日本人で社長のような仕事をアメリカでやっておられる方は何人かいるのでしょうか。
青木 私が今目指しているようなことは、範疇が狭い部分で経験者がいません。基本的にはアメリカ人に任せるような分野なのですね。日本人でやっている人はほとんどいないと思います。私の知っている限りでは知りません。
――そういうことが先ほどおっしゃられたように外部の人間に任せすぎているという部分なのですね。
青木 はい。そういうような商売をやっている企業もありますしね。それを日本人がきちんと理解するのはなかなかむずかしいことなのですね。
――連載の中でも書かれていたと思うのですが、社長はこの分野でどういったことに貢献していきたいとお考えでしょうか。
青木 繰り返しになりますが、アメリカで16年半、販売金融だとか回収を担当してきました。同時に同様の仕事をカナダや台湾で立ち上げ、その後日本に帰ってからもイギリスとかドイツだとかいくつかの海外現地法人の制度立ち上げを手伝いました。基本的に販売を促進するための販売金融制度について、私ほど知っている人間はいないと自負しています。ですから立ち上げに関しての問題点へのサポートということができないかな、と一番に思っているわけです。
――今イギリスとかドイツというヨーロッパの話が出ましたが、基本的にアメリカとヨーロッパの違いというのはありますか。
青木 制度的にはドイツは少し違いますが、イギリスはアメリカとほとんど同じです。ただ、ヨーロッパというのは現金主義、現金で買いたいというお客さんが多いですね。要するに特にドイツなどではお金が貯まってから買いたいという傾向が強いです。ローンというのはどちらかというとアメリカ的な商売のやり方ではないでしょうか。
――そうしますとおのずとコンサルタントの仕事も各国で違ってきますね。
青木 そうですね。それぞれの国によっても、多少やり方が変わってきますし、法律として存在していても実際の運用のされ方が違う場合もあります。
――極端ないい方ですが、アメリカの場合はローンがかなり発達しているためにローンを組むことによって、払えないから債権回収の仕事がかなり多いということもいえますよね。そうしますと、イギリスとかドイツの場合はどういう問題が多いのでしょうか。
青木 イギリスはアメリカにわりと近いですが、ドイツとアメリカとの中間的な感じがします。ドイツの場合は、イギリス人とも話をしましたが、どちらかというと仕様とか品質、性能といった機械本体の機能について、わりとうるさいです。
――要は値段どおりの機能を持っていないじゃないか、というような。
青木 はい、そうですね。要求どおりの品質を持っているかどうか、ということですね。寒いほうの国の人の方がお金に関してはしっかりしているように感じます。
――ご経験からですか。
青木 はい。ラテンだとかヒスパニック系、メキシコ系の人はお金にルーズといいますか、たとえば親しい人には払うけど、他人だと払わないというようなことを感じたことがあります。
――2000年の10月に設立されて3年になりますが、業績としては順調ですか。
青木 お陰さまでだんだん方向性が見えてきた感じはしています。本業のほかに、最近では中小企業総合事業団の中小企業・ベンチャー総合支援センターの新規事業開拓専門員になりまして、西日本に所在するベンチャー企業2社の海外進出のお手伝いをしております。海外進出にあたり何が必要なのか、注意すべき点や、会社によっては現地代理店の紹介、システムづくりなどを。過去の経験を生かしてサポートさせていただいております。それ以外に3件ほどですが、コンサルティングの話でオファーがあります。不思議なことに、今話を進めています会社は、全て私どもの事務所がある神奈川県の厚木市から遠いところにある企業ばかりです。その様な意味で距離的には色々打合せを含めましても大変なのですが、先方の方がこちらにいらっしゃるときには、東京の虎ノ門にある中小企業総合事業団の事務所を利用させていただくなど、非常に助かっております。ところで今お話いたしましたベンチャー総合支援の制度は、国の財政的補助がありまして、いろいろ経験を詰まれたスタッフがおられますので、これから大きく飛躍しようとしているが、人材や資金の面で充分でないベンチャー企業や中小企業にとっては便利だと思います。
――御社のパンフレットの業務内容にあります、「海外企業日本市場参入コンサルタント」というのは具体的にはどのようなことでしょうか。
青木 まだきちんとした形での事業として確立していないのですが、現在イタリアのある機械メーカーが、日本で拡販をしたいということで支店を設立しまして、そのお手伝いをしています。
――基本的に今後事業を進めるにあたり、どのようなスタンスをとられますか。
青木 いろいろな形で進めてきましたが、結局ネットワーク的な仕事のやり方がいいのではないかと考えています。定年退職でやめた人のみならず、途中で会社を辞めた人も含めて大企業のノウハウも取り込んでいくためには、その方法が良いと思っています。多くの場合、会社を途中で辞めた人というのは、組織に従順ではないというか一匹狼的な自己主張の強い人です。そういう人というのは、会社という組織のなかではうまくいかなかった。すばらしい仕事をしているのですが、ある意味で自己主張が強かったために組織には合わなかったという場合がほとんどじゃないかと思うのです。組織を離れ外に出てみると、そういう人の持っているものがいろいろ役に立つことがあるわけですね。それに大企業にいた方は、それなりのノウハウも持っているわけですから。点ではなくてそれをうまくつなげていければ面白いと思っています。
――それではコンサルタントとは限らずにそれぞれに持っていらっしゃる専門的なものをひとつのネットワークとして、いろいろな注文や相談事に対して、例えばこれについては社長が、また違うことについては違う人が担当するというように、会社組織としてではなく、ネットワークとして取り組みたいと。
青木 そうですね。アウトソーシングをできるような。特に今は厳しい経営環境のなかで多くの会社が、リストラを盛んにやっていますので、大切な人材あるいはノウハウが外に出てしまっているわけです。かつての終戦直後の時代は全体を見ながら仕事をしていたのですが、今は先ほどいったようにひとつの部品でしかない全体のことは分からないという人の集まりになっている場合が多いですから。我々の世代くらいまでは部品ではあるけど、全体の中でどうあるべきかを位置づけてきた人が多いと思います。そういう人たちをうまく結集して少しずつ広げていきたいと考えています。
――そういう方はある程度何人かは。
青木 はい、集まりつつあるという状況ですね。
――数字の上で具体的な目標のようなものはありますか。
青木 そうですね、3年たって、やっと方向性が見えてきたというか、私が当初考えていたのは販売金融に関しての回収を含めたコンサルタントを、海外日本問わずにやろうということを考えていたのですが、それ以外にいろいろな人のノウハウを生かそうということでネットワークという考えになってきたのですが、3年たって、やっとスタートラインについたかなと。将来どうするかというとまだ足固めの段階でどういう方向にいくべきなのかいろいろと話はありますが、明確ではありません。これからコンサルタントの集団であるべきか、ネットワークの集団であるべきか、進んでみないと分からない部分があります。そうしたことをクリアしたうえで、数字を含め具体的ないくつかの今後の目標を立てていくつもりです。
――ありがとうございました。
(聞き手:松尾昭俊)